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天 野 英 家々が暗いとばりに包まれる頃 雨は なおも降っている 犬の遠吠えがひと時あった 暗い夜空に向かって 思い詰めたものを吐き出すように 吠えて ――啼きやんだ 雨はしきりと降って さびれた宿の 窓ガラスを濡らし 雨つゆ休みなくガラス戸をつたい したたり 流れ 暗い不確かな下方へ 幾筋もの水の線となり 交差し 離れ合い 書きものの整理は進まないというのに 雨つゆはそれぞれ勝手な振る舞いで 暗い下方へ流れ続けている 窓からは下に向かう細い道が見えるのだが 窓ガラスが激しい雨つゆに乱されているので はっきりとは見えない 下り坂の小道はきっと この雨で 流れ下る雨水の川となっていると思われる 泊り客の部屋の灯りも落とされた時刻 傘を差して小道を降りて行く人の姿がある 雨つゆの乱舞のために 女人か男かの識別は出来ない 小径の脇に立つ大木のシルエットも乱れて 不鮮明にゆらいでいる 雨はなお しきりと降って * 窓側に置かれたテーブルを前にして 思案する この雨では 明日は 目的の あの森に這入って行くことは 難しいだろう 海に向かうことにしよう 崖の上から きっと荒れている海を見よう 雨は激しく降っている ふと 思った 窓ガラスをつたい堕ちる雨つゆの 隙間という隙間を埋めるように あるのは 時だ 時というものがあって 雨つゆの運動の激しさを超えて 雨つゆの辿り着く行方に頓着なく いま私がしようとしていることに関わりなく あした どこへ行くかと 問うこともなく あらゆる思いや運動の隙間を埋めて 姿の見えない時はあって たえず過去から未来への繋ぎの位置にある 〈今〉と言う時の中に 私も置かれていると得心しながら 雨つゆのしたたり落ちる窓ばかりを見ている 「プリズム」 ２８号/２０１８年９月
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